Dear-Abbadoのブログ

折々の雑感を綴っていきます。

嫌なことが起こったら

何か嫌なことが起こったとき、皆さんはどうしているだろうか。

仕事で重大なミスをした。恋人に振られた。飼い猫が病気になった。洗濯物を外に干して出かけたら大雨が降ってきた。スパムメールが大量に送られてきた。風邪をひいたせいで楽しみにしていたコンサートへ行けなくなった。御神籤を引いたら大凶だった。気持ちよく散歩していたら鳥に糞をかけられた。整形手術が失敗して福笑いみたいな顔になった。セルフィーに心霊が写り込んでいた・・・などなど。面白くないことって、誰にでも起こるものだ。

嫌なことというのは、起こるときにはわりと連鎖して起こる。なぜか?それは、嫌なことに意識を奪われるからだろう。

例えば、ある朝起きてみると、いつもの起床時間をとっくに過ぎていた。急いで家を出ると、スマホをいじりながら歩いてきた学生と出会い頭ぶつかりそうに。ムカつきながらも駅へと走り電車に飛び込む。しかし途中で電車は停止。人身事故とのアナウンスが流れる。結局、大幅に遅刻して出勤することになった。

弱り目に祟り目なこんな状況に陥ったこと誰しもあると思うが、このケースで言うと、遅刻しそうだと焦る気持ちになっているところに、スマホ学生にムカついたことですべてが暗転してしまった。ムカつく気持ちそのものが、次から次へとムカつきたくなるような現実をもたらしたのだ。

人間の脳はなぜか、嫌なことばかり何度も思い出してしまう癖を持っている。楽しかったこと、気持ち良かったこと、嬉しかったことよりも、ついつい不快な出来事を脳内リピートしてしまい、腸が煮えくりかえるような気分になること、あなたも経験ないだろうか?

一日24時間、一年365日に起こっていくことを、嬉しいこと、不快なこと、どちらでもないこと、の3つに仕分けていく。すると、不快なことって実はそんなに多くは起きていないことが判明するはずだ。ノートにきちんと記録をつけていくと、そういう結果になると思う。脳の癖もあって、嫌な経験に強烈にフォーカスしてしまうから、あたかも自分は実際にツイていないかのように思い込んでしまうのだろう。

もちろん、長い人生、どうしようもなくツイてない時期というのはあるはず。僕もツイてない時期はこれまであったし、これからも、泣き面にスズメバチのような経験をする可能性も否定できない。

でも、どんなに不快な出来事が起こっても、事後処理を終えたらもうそのことについては思い巡らさないことだ。嫌なことは徹底的に心の中から追い出してしまうに限る。客観的にみて、その不快な現実をもたらした原因が自分にあるのなら、行動を矯正すればよいだけのことだ。

うーん、言うは易く行うは難い。。けれど、不快な気持ちというのは不快なものに意識を向けているからこそ起こるだし、それがまた新しい不快な出来事を引き寄せる。

どんな嫌な出来事でも、一度起こった後は時の流れに押し流されていく。起きてしまえばただの過去である。それがリピートされるのは、僕やあなたの頭の中だけでしかない。嫌なことも嬉しいことも、存在できるのは意識の中だけである。

だからこそ、できるだけ楽しいことや嬉しいこと、気持ちの良いことに意識をフォーカスした方が、少なくともましなんじゃないかと思う。