Dear-Abbadoのブログ

折々の雑感を綴っていきます。

アンドラーシュ・シフのパルティータ

秋雨前線が居座り、台風も近づいてきて、今晩は都内でも雨がよく降っている。基本的に雨は好きではないけれど、雨がしきりに降ると大気中の塵や埃が洗い落とされ、空気が澄みわたりそうな気がして、傘をさして歩いていると思わず深呼吸したくなることがある。

雨が降り続くこんな夜はバッハを聴くに限る。バッハの曲はどれも、楽曲の形式という枠から音楽がはみ出したり溢れたりすることがないようで、中味が詰まって充実している。そういう点で、聴いていてたまに息苦しく感じられることもある。一方で、一つの楽曲の中で音楽が満ち満ちていき、果てしなく自己増殖していくような感覚を覚えさせられることもある。バッハの宇宙、音楽の宇宙が展開していく様が聴きとれるのだ。

今日は、アンドラーシュ・シフが弾くパルティータの全曲に耳を傾けた。シフはとても上手いピアニストだ。モーツァルトシューベルトもバッハもそつなく弾きこなす。ただ、上手いけれど個性的なタイプではないから、玄人受けはよくないかも知れない。実力はあるのに音楽評論家の覚えが良くない点では、どこかアシュケナージに似ている。

シフが弾くパルティータは、音が粒立っていて、音楽の流れが自然で、安心して身を任せていられる。タッチがやさしいのだろう。無駄な力が入ることはなく、ひたすらバッハの音楽に奉仕することで、ありのままに音がたち現れては消え、また現れては消えていく。あまりにあっさりしているので人によっては好みが分かれるかも知れないが、シフのバッハを聴いていると、彼が現代のピアノ演奏の一つの極点を確かに示しているのが分かる気がする。