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Dear-Abbadoのブログ

折々の雑感を綴っていきます。

姓名判断

ひと頃、姓名判断にすごく凝っていた。字画数を算出しそれぞれの画数に固有の運をみることで、良運な名前か不運な名前かをみるというあの占いだ。論理的な思考力が弱く男にしては珍しく占い好きな私は、家族や親類、友達、新聞の紙面をにぎわす人たち、ペットなど、およそ名前を持つものであれば何でも手当たり次第に姓名判断し、「当たっている!」と一人恐れおののいていた。けれど、当たり前だか姓名判断が「外れている」ケースも現実には多い。占いでよくあるのは「あなたは非常に繊細な心の持ち主で用心深く、石橋を叩いても渡らないような人です。しかし、たまに周囲をアッっと言わせるような大胆な行動を起こす意外な一面も持ち合わせています」とかいうご託宣だ。こんな、AでもありBでもあるみたいな言い方をされたら誰だって「当たっている」と思わされてしまうだろう。人間というのは複雑な存在で、表層意識だけでなく無意識の領域も抱えているわけだから、時と場合によっては別人のような面だって見せるし、占いで玉虫色のことを言われれば、どこかしら当てはまる部分は見つかるのだ。姓名判断は、画数ばかりでなく、音や漢字、生年月日(命式)との関係などからも占うが、肝心の画数の数え方にも様々な方法がある。だから、「当たる」「当たらない」にも逃げ道は用意されているのだ。また、原理的に言えば同姓同名の人はほぼ同じ運気を持ち、似たような人生行路を歩むはずだけれど、そんな実例は無いと言っていいだろう。私の名前をgoogle検索すると、どこかのIT系企業の社長、写真家、中年サラリーマンなど、色々ヒットするけれど、はっきり言って共通項は見いだしにくい。戦後の大宰相である吉田茂と同姓同名の人は日本に何人いるか分からないが、かなりの数いることは間違いない。有名なカバンメーカーの社長も吉田茂さんだ。つい最近は、石原慎太郎という名前のラガーマンをネットで見つけて驚いた。あの慎太郎さんとは顔も全く違っていたし、今後政界入りを果たすような雰囲気ももちろんなかった。政治の世界で言えば、安倍晋三首相の名前は姓名判断的には決して良い名前ではない。詳しく言えば、内面および中年期を示すとされる内画(倍+晋)が、典型的な凶数とされる20画だ。前の内閣はボロボロだったけれど、第二・第三次安倍内閣はそれなりに上手くいっているし、現在のところ安倍さん以外に首相をまともに務められる政治家はいない。中年期の運気が20画の凶であるにもかかわらず、それなりに上手くいっている事実を姓名判断はどう説明してくれるのだろう?先祖の陰徳のおかげだとでも言うのだろうか。田中角榮も姓名判断の本ではちょくちょく取り上げられていて、総画数の30画が悪さをしたがために失脚したのだとよく書かれる。でも、高等小学校卒の学歴で首相までのし上がり、失脚後もキングメーカーたりえたという事実を姓名判断で説明し尽くすのは不可能だろう。姓名判断というのは色々無理がある占術だけれども、名前というパーソナルなものに良し悪しの評価を与えてしまうから、気になる人にとっては徹底的に気になるものだ。でも、例えば竹田さんという人が息子に和平と名付けても、株長者に育つとは限らないし、村井さん家の秀夫君が刃傷事件に巻き込まれるなんてことも滅多にない。姓名判断の結果が良かったらひとまず安心すればいいし、悪かったら他に良いご託宣をしてくれる占いを見つけてそれを信じるべきで、加えて悪い行いを慎めばいいのだ。滅茶苦茶良い画数の名前を持つにもかかわらず、うだつの上がらない数多の姓名判断家の言うことは、大抵嘘っぱちである。